OFF-WHITEとLouis Vuittonを手掛けた男!Virgil Abloh(ヴァージル・アブロー)とは?

有数のハイブランド内でのデザイナー交代は良くある話ではないでしょうか。
ただ世界のファッション業界をも震撼させこの様なニュースは中々早々には起きないのも事実。

ただし昨今一挙に人気を博した、Supremeと肩を並べ若者から今や絶対的不動の人気ブランドとなった「OFF-WHITE」のデザイナーでもあった「Virgil Abloh(ヴァージル・アブロー)」ががLouis Vuitton(ルイヴィトン)のメンズアーティスティックディレクターへと就任したというニュースが世界を湧かせたのはご存知でしょうか。

今回はそんな「有名ハイブランドも認める注目のファッションデザイナーVirgil Abloh(ヴァージル・アブロー)」について、彼の経歴や過去の実績、ファッションに対する感性等をご紹介していきたいと思います。

OFF-WHITEとLouis Vuittonを手掛けた男!Virgil Abloh(ヴァージル・アブロー)とは?

「Virgil Abloh(ヴァージル・アブロー以下表記)」この名前が広く認知されたのも恐らく彼が最も尊敬するアーティストであり、親友でもあるKanye West(カニエ・ウエスト)無しでは有りえなかったと言えるでしょう。

かく言う、彼自身は既にカニエ・ウエストのアートディレクターとして世間へとはじめに認知され、その後OFF-WHITEデザイナーのヴァージル・アブローという名が広がっていったので、ファッションは勿論にせよ、音楽レーベルのオーナーや、建築家、アーティスト等そのマルチな才能を発揮し今やトップクリエイターの仲間入りを果たしました。

そんなヴァージル・アブローの経歴ですが、1981年にアメリカ・シカゴで生まれ、服作りを日頃から良くしていた母親の元で育ちました。

時が立ち彼が高校を卒業と同時には、将来建築家として働いて生きたいという思いからファッション関係の大学へは進学せず、建築関係の大学を専攻し、修士号を取得しました。

卒業後には夢でもあった建築関係の会社に就職をするも、同時期に興味の湧いていた「ファッション」に対し、「建築もいいけれど、それよりもファッションに関係する仕事をしたい」という思いから大胆にもキャリア構築を180度変え、ファッション業界へと足を踏みいれていきました。

そんな中、建築関係で携わったファッションビジュアルにはない物の捉え方と、幼少期から培った抜群的センスにて2012年にはカニエ・ウエストが設立したブランド「DONDA(ドンダ)」のクリエイティブ・ディレクターへと就任し、すぐさま彼は仕事もそうですがプライベートでもメンズファッション界のカリスマ「カニエ・ウエスト」と仲良くなっていきます。

その後は2015年にて、SSメンズコレクション上で自身のファッションブランド「OFF-WHITE(オフホワイト)」を立ち上げ、ようやくここから今の「OFF-WHITEデザイナーのヴァージル・アブローという名」が広がり始めました。

ファッション以外には、「フラット・ホワイト」という名前でDJとしても現在活動をしており、ギャラリーのオーナーも担うなど、マルチな才能を発揮しており、多方面から引っ張りだこの存在でもある彼は別名「スラッシー」とも呼ばれ、多くの肩書きをもち、スラッシュ(/)を必要とすることから所以していると言われています。

OFF-WHITEの他に、Pyrex Visionや地元シカゴのセレクトショップ兼アパレルブランドRSVP Gallery(アールエスブイピーギャラリー)などの若手のローカル人気ブランドのサポート的立ち回りとしても数々のプロジェクトを手掛けています。

また、現在もカニエ・ウエストのクリエイティブ・ディレクターやアートディレクターであり、#BEENTRILL(ビーントゥリル)というクリエイティブ集団の結成に携わり、LAのTeenage Teardrops(ティーンエイジティアードロップ)という音楽レーベルのオーナーや、建築家、アーティストとしの一面を持つ彼。

他の人気ブランドとも積極的にコラボレーションし、多くの刺激的なアイテムを今も尚世界へと発信しています。

その原点ともなるのはやはり、豊かな交流関係とヴァージル・アブロー自身の才能有ってのモノであると言っても過言ではないでしょう。

また最近になっては「Louis Vuitton(ルイヴィトン)」にヴァージル・アブロー(Virgil Abloh以下、ヴァージル)がメンズ・アーティスティック・ディレクターに就任後初のコレクションとなる2019年春夏シーズンのアイテムを先行販売するという企画の下、期間限定のポップアップストアが原宿にオープンされ、日本国内のファンや世界のファッションラバー達がアイテムを求めわざわざ日本へと訪れていました。

そんな今やファッション業界の重鎮とも言える彼の今後の活動には目が外せないでしょう。

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